【牡丹(ぼたん)紋】
近衛家は関白の家柄であったから、その用いる牡丹紋は、江戸時代には菊・桐・葵に次ぐ権威を持っていた。(「日本姓氏紋章総覧」新人物往来社)


藤原氏は、六四五年の大化の改新以来、つねに位人臣を極めていたが、その系図も十二世紀になって分岐してしまった。十三世紀には、その一方(近衛家)はさらに二分し、他方(九条家)も同時期に三分した。これらの五家は本家と分家といった常の関係になく、封建時代には名ばかりの天皇支配の下で、同一の立場で交互に(名目の上だが)摂政をおこなった。ただし、直系は近衛家である。彼等五家は、一般には、居住したそれぞれの地名にちなんで、近衛・九条・二条・一条・鷹司と呼ばれた。時代とともに彼等の藤原姓は公事にのみ用いられ、名字令(1875)で、彼等の通称は、何世紀にも渡って栄光を独占してきた藤原姓に代わって、苗字となった。近衛家の牡丹紋は、十一世紀頃に祖先が用いた衣服の模様より興ったとされる。昔の中国では、牡丹を百花の王とした・・(新人物往来社「日本紋章大図鑑」より)
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近衛牡丹
18世紀ver.2
蟹牡丹

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