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つまり、[図案 呼称] [A a] [B b]・・・ がそれぞれ対になっています。


A
変り花梅 菅家うめばち 中陰梅鶴 a 割り梅鉢 梅花

棚倉梅 菅家梅鉢 豊後梅鉢 豊後梅鉢 梅枝丸



藩祖利家の家紋は星梅鉢

・前田利家時代の旗紋・家紋は「素梅鉢」(我里注:星梅鉢のこと)に終始しているようである。(高橋賢一著「大名家の家紋」P227 昭和49(1974)年6月15日初版)

・藩祖利家の時、すでに梅鉢を家紋にしていたが、・・・その梅鉢は梅の花をデフォルメして、五輪の花びらを大きな丸で表現し、真ん中に小さな丸を置くデザインで、星梅鉢と呼ばれるものであった。この利家の星梅鉢は前田家の発展に伴い変化する。(楠戸義昭著「日本人の心がみえる家紋」P147 2002年12月15日初版)
(2013/8/30)


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・加賀藩第二代藩主・利長の家紋を除いて(利長の家紋は今のところ楠戸義昭氏の先述の書籍でしか確認できない為)、全て家紋を差し替えた。この時、沼田頼輔著「日本紋章学」の図案を参考に、かつ、泡坂妻夫著「卍の魔力、巴の呪力」の梅鉢の作図法に則り(紋の割り出し法に従って円を十割りにするところから始める)、さらに加賀前田家一門の梅鉢シリーズの一環としての統一性を意識して新たに作図したものである。

・光高が急死した正保二年(1645)の六月十三日、綱紀は将軍家光の命によって父の遺領をついだ。時に年わずかに三歳であったから、小松(石川県)に隠居していた祖父利常が政務をみるように命ぜられたのである。このときの領地は八十万石であった。
加賀藩領は、俗に百万石といわれるが、寛永十一年(1634)の利常にあてた家光の領知状では、加越能三カ国で百十九万二千七百六十石となっている。しかるに、同十六年に利常は八十石を長子光高に譲り、自分は小松に退老して新川郡(富山県)及び能美郡(石川県)の一部で二十二万二千七百六十石をもって養老領とした。
同時に、次子利次に十万石、三子利治に七万石を与えて富山・大聖寺(石川県)両藩をつくらせ、東西の支藩とした。
綱紀は、この光高の遺領をついだわけであるが、万治元年(1658)に利常が死んだとき、その療養領は、後述する近江国(滋賀県)の今津・弘川両村とともに綱紀の有に帰し、合計百二万五千石余となったのである。
(若林喜三郎著「前田綱紀」より)

追記(2013/8/30)
・Wikipedia の「前田利家」の項によれば、七日市藩初代藩主利孝を四男でなく五男としている。→ こちら
四男 利常(1594.1.16 - 1658.11.7)加賀前田家三代
五男 利孝(1594.?. ? -1637.7.25)七日市藩初代藩主


七日市星梅鉢 瓜実梅鉢 丁子梅鉢 加賀梅鉢



金沢前田家
梅鉢
金沢前田家
梅鉢
富山前田家
梅鉢
大聖寺前田家
梅鉢
七日市前田家
梅鉢

梅鉢 丸に梅鉢 丸に梅鉢 陰梅鉢 三つ追い松葉に
捻じ梅

梅鉢 梅鉢 浮線綾梅 外六つ鐶に
梅鉢



+++ the past +++

D
梅桐 中陰梅胡蝶 d 中陰裏梅胡蝶 中陰浮線梅 変わり笹梅菱

枝梅に
中陰梅蝶
丸に亀甲梅鉢 梅の花 陰梅鉢 星梅鉢

変り花梅 中陰梅蝶 菱に梅 一筆梅 抱き折れ松葉に
枝梅


F  B
丸に星梅鉢 丸に梅鉢
f b
加賀梅鉢 香い梅飛び蝶と
枝梅
三つ追い
枝梅の丸

梅鉢 足無し梅鶴 梅鶴 光琳梅鉢


B
割り梅鉢 亀甲に梅 剣梅鉢 b 豊後梅鉢 丸に梅の花


B

B
向う梅 台地抜き梅
b
陰八重向う梅
b
三つ横見梅 匂い梅


B
香い梅飛び蝶 中陰梅の花 中陰裏梅 糸輪に覗き
梅鉢
b
糸輪に覗き
八重向こう梅

光琳梅 中陰光琳梅



枝梅に
中陰梅蝶


【紋の割り出し方】

梅花の作図例
十割りで描く場合
この五角形が基本となる。これが逆さになることは絶対にない。
泡坂妻夫著「卍の魔力、巴の呪力」P161参考

剣先部の形状
丁字梅鉢 丁子型 瓜実梅鉢 瓜実型

梅鉢の作図例

割り梅鉢の作図例

森本景一著「家紋を探る」(P63〜68)に"天地逆さまの家紋"の項があって、私は初めて紋帖にも間違いがあることを知った。手許の紋帖・書籍を調べてみると、吉沢恒敏編「紋章大集成」、吉野竹次郎著「図解いろは引 標準紋帖」、京都染織問屋聯盟協會編「標準紋章の志をり全」、青幼舎「日本の家紋」は天地が逆さまで掲載されていた。


中陰梅鶴(見立て紋・擬態紋)も実は正円にピタリと収まっている、というかそうなるように作図(2013/7/3)した。
家紋は全部ではないが、多くの場合、正円にピタリと収まるように描かれている。

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