【釘抜(くぎぬき)紋】


釘抜(くぎぬき)紋
一柳家二重釘貫 一柳釘抜き 丸に違い釘抜き
(違い釘〆割)
丸に釘抜き

不正確に描かれた紋章は美しくありません。長い年月をかけて、勝れた美意識によって完成された紋章の形は、ゆるぎないものです。それを正しい姿で伝えてゆこくとが大切だと思います。 形の基礎となる作図を紋章の「割り出し法」と言います。紋章上絵師の手によって、長い間継承されてきた伝統技法です。(泡坂妻夫著「卍の魔力、巴の呪力」)

違い釘抜きの作図
(1)違い釘〆割
・「平安紋鑑」「紋之泉」「紋の志をり」・・・廻せし分廻しを上下を七分一づゝちゞめ其分廻しを左右に立て輪違いを作りで割るなり
・「紋章大集成」(吉沢恒敏編著)・・・直径の七分の一を上下減らす(割り出し図は上記各紋帳と同じ)
これを私の解釈で図示してみた。

違い釘〆割作図
基本円の上下七分一を求め、 その分廻しを左右に立て輪違いを作り それぞれ同心円で小さい輪違いを作る 各円に内接する隅立ての正方形を作る 小さい方の円でも同じことをする 片方の釘抜きを作る 違い釘抜きの完成

【追記】上図(2015.8)の場合、内円の半径がどこなのか明記してないことに気が付いた(2016.2.4)。
そこで、赤円の中心を通る垂線(下図の黒色破線)が隣りの赤円に交差する点までとして、作図したのが下図である。
因みに、上図の場合は水色線がこの破線に相当する。

違い釘抜きの作図

作図してみた結果、上図に比べると細い「違い釘抜き」となった。
どちらを選ぶかは利用者の好みで良いと思うが、誰が作図しても同じ形状になる点では下図の作図法が優れていると言えるけれども、作図者のセンスを尊重するという点では作図者に自由度を与えることになるので半径の長さを明示しない上図の方が優れている。この境地に至ったのは私の成長の証か。

そう、多くの紋帖の巻末には「紋の割り方図」が掲載されている。しかし、それは懇切丁寧に図示されてはいない為、初心者には親切な図説とは言えないものばかりだ。そもそもが紋帖の読者層を初心者に想定してはいないのだから仕方がない。この視点に立てるようになるまでに、私の場合、三年ほど必要だった。家紋を始めた当初は紋割り図の事も知らずにいたのだから、お粗末な話だ。赤面の限り。もっとも今に至っても難解な紋割り図が私にはあるのだが・・、教えを乞う先輩がいないのである。独学は時間ばかりかかっていけない。

さて私が思うに、違い釘抜きの場合は、釘抜きの太さには自由があるのだろう。
しかし、全部が作図者の自由になるわけではない。守らなければならない構図は左図までの部分であろう。
・基本円(正円)の上下1/7を減らした直径の円で輪違いを描く
・その輪違いは基本円に内接しており
・隅立ての正方形は各円に内接していること
これらの点を厳守した上において、釘抜きの太さには自由が与えられている。
これが現時点(2016.2.4)での私の結論である。ただ今後さらに私の家紋の知識が増せば、この結論を見直すこともあるだろう。

*追記の終わり*


(2)八つ割り
・作図にあたっては、泡坂妻夫著「卍の魔力、巴の呪力」参考にした

八つ割り作図
四等分された正方形の中心点を結び、16個の正方形に 一番上と一番下の正方形の左端を結ぶ。同様に右端を結ぶ(2本の赤色垂直線) 赤の垂直線と基本水平線の交点をそれぞれの中心にして、基本円に片側が内接する2つの円を描く 同じ中心で、隣の円が基本対角線と交わった点を半径とした円をそれぞれ描く これらの円に内接する隅立ての正方形を描く 違い釘抜きの完成

違い釘抜きの作図例

違い釘抜きの作図
違い釘〆割り作図 八つ割り作図
「平安紋鑑」参考 泡坂妻夫著「卍の魔力、巴の呪力」参考


一柳家とヴォーリズ

一柳家二重釘貫紋は、大名・播磨国小野藩一萬石一柳家の定紋である。その末裔である一柳末徳の三女満喜子と結婚(1919)したのが米国人のウィリアム・メレル・ヴォーリズである。ヴォーリズは日本でキリスト教の伝道活動をするために英語の外人教師として滋賀県の近江八幡に赴任し(1905)、健康を損ね一時帰国(1906)するも再度来日し、八幡キリスト教青年会館を建設(1907)、京都の三条キリスト教青年会館の一室で建築設計監督開業(1908)、洋風の建築家としても活動し、明治学院チャペル・近江サナトリウム・同志社啓明館・大阪教会・大阪大同生命ビル・関西学院西宮学舎・神戸ユニオン教会・軽井沢テニスコートクラブハウス・大丸百貨店・東洋英和女学院・神戸女子学院西宮学舎等々活躍の場は各地に広がっていった。また、ヴォーリズは日本でメンソレータム(現・メンターム)の輸入販売(1920)をした人でもある。(2014.10.12~15)

「失敗者の自叙伝」
一柳米来留著
(ひとつやなぎ めれる)
(ヴォーリズの日本名)
昭和45年9月5日初版
平成21年8月17日
第三版第二刷
1,600円+税
近江兄弟社
「ヴォーリズの住宅」
「伝道」されたアメリカンスタイル
山形政昭著
1988年3月20日初版
星雲社
1,650円

「失敗者の自叙伝」は入手困難な本ですが、2014.10.12現在(3,400円+税+送料)にて「スーパー源氏」にて入手可能

大東亜戦争は日本の敗北に終わり、マッカサー元帥は、天皇を戦犯第一人者と考え、日本へ進入してきました。そのとき、米来留は、当時政権の裏にあって国を守るため生命をかけ、熱心に奔走された近衛公に、極秘の内に用いられ、単独マッカサー元帥の横浜キャンプに、差し向かい、天皇は、この戦争には責任のないこと、天皇ご自身は、自分を神とひとしいとは考えておられないことなどを証明し、その結果、元帥の信頼を受け、これらを信じてもらい、天皇に対する敬意を、高くするご用を果たしました(「失敗者の自叙伝」の序文(妻・一柳満喜子が寄稿)より)

しかし、近衛は一方で、ヴォーリズとは別のルートを用いて、飽くことなくマッカサーとの会見を画策していたのである。天川晃(放送大学教授)の調査によるとGHQ関係資料によると、近衛は米国第八軍司令官アイケルバーガー中将と旧知の原口初太郎元陸軍中将に依頼して、マッカサー元帥との会見を願い出ていたことが判明している。・・・先にマッカサー元帥の応諾を得たのがヴォーリズであったことは確かだが、二人の会見を実現させたのは原口ルートであったことが判明している・・・ただ時間的に、ヴォーリズの方が数日早かったという点で、マッカサー元帥の回答を得ており、彼の働きがまったく無駄ではなかったとは言える(奥村直彦著「ヴォーリズ評伝」より



岩原侑著「足で訪ねた一万軒」日本HR協会 1986年7月初版

余談:2012年10月頃、ネットでこの本を検索すると一件しかヒットしなかった。その売価¥6,800であった。
これは高すぎると購入を断念した。
二年後に同様に検索(相変わらず amazon には出品がない)してみると¥800があった! すぐに購入した。
送料が別途¥250かかった。
ちなみに、これは1992年第4版で定価が¥1,100とある。(2014/10/25)

一柳末徳(ひとつやなぎ すえのり)家の家紋 「華族諸家伝」「定紋の研究」「紋典」「紋之泉」等参考

一柳末徳家の家紋
定紋 替紋 替紋

一柳家は瀬戸内海水軍で有名な豪族河野氏の出である。その証拠に家紋は河野水軍の象徴たる船にちなんだ「丸に釘抜き」である。したがって、先祖は伊予の住人であり、姓も河野氏(一説によれば越智氏)であったが、直末(我里注:旧子爵一柳家の始祖)の祖父の代に伊予からはるばる美濃に移り住み、一柳姓を称した(岩原侑著「青い目の近江商人 ヴォーリズ外伝」)


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