【葵(あおい)紋】

葵が家紋として初めて見えたのは『見聞諸家紋』である。同書は葵をとり上げ、丹波之西田と題している。すなわち西田氏の家紋としてこれを用いたことが知られる。戦国時代になって、三河の松平・本多・伊奈・島田の諸氏がこれを用いた。徳川氏は三河にはいり、松平氏を継ぎ、またこの紋章を用いた。のち、将軍職になるにおよんで、この紋章は権威を得て、ほとんど菊桐の紋章を凌ぐほどになった。 丹波の西田氏をはじめ、三河の松平・本多二氏がどうしてこの紋章を用いたかというと、いずれも加茂神社の信仰に基づいたものである。(沼田頼輔著「日本紋章学」)


葵(あおい)紋
徳川葵1
家康・秀忠・家光
徳川葵2
家康・秀忠・家光
右離れ立ち葵 会津葵 紀伊葵 徳川葵13蕊 二葉葵
水戸葵17蕊 水戸葵19蕊 水戸葵33蕊


葉脈(蕊)の簡略化について


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